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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)117号 判決

大阪市阿倍野区阿倍野元町一七番二号

上告人

興亜コンクリート工業株式会社

右代表者代表取締役

石井秋平

右訴訟代理人弁護士

藤原光一

西川元庸

池尾隆良

大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号

被上告人

阿倍野税務署長 三好寅正

右指定代理人

豊住政一

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五一年(行コ)第三九号法人税課税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和五三年六月二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤原光一、同西川元庸の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断若しくは事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づき若しくは独自の見解に立って原判決の不当をいうものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 戸田弘 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗)

(昭和五三年(行ツ)第一一七七号 上告人 興亜コンクリート工業株式会社)

上告代理人藤原光一、同西川元庸の上告理由

第一点 原判決には経験則違背、採証法則違反があり、ひいては審理不尽、理由不備の違法があって判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、原判決は本件プラントの引渡時期について「昭和四〇年三月末頃・・・・本件プラントの引渡はされず」「昭和四五年三月一六日・・・・右の引渡を完了し」と認定している。

ところで原告代表者本人及び証人後藤一路の供述及び証言によれば、本件プラントは日本国内では初めての試みであり、当時このプラント設備を持つ工場は一つも国内になかったことが認められる。そうだとすれば、本件プラントは当然に受注生産であり、訴外本下産商株式会社(以後三井物産に合併-以下単に三井物産という)と原告との間の本件プラントの売買は特定物の売買と見るべきであり、その引渡の時期についても特定物売買の法理に従って解釈されなければならない。そこで本件プラントの引渡時期につき検討すると、証人後藤一路の証言によれば、本件プラントは昭和三九年一月二二日ごろ購入契約をし、同年一二月ごろから工場への搬入を開始し、同四〇年四月末ころまでには据付けを完了したことが認められ、この点については原審及び第一審判決も「本件プラントは昭和四〇年三月末頃、徳島県那賀郡那賀川町所在の原告の徳島工場に設置され」と認めているところである。そうすると、本件プラントが設置後試運転の結果初期の機能を果したか否かに拘らず、特定物の売買としては本件プラントの引渡しは、遅くとも昭和四〇年四月末頃までには完了していたと見るべきであり、その後の事情、すなわち、本件プラントが試運転の結果初期の機能を果さなかったとの点は、民法五七〇条に従い、売主の瑕疵担保責任の問題として処理されるべきものである。このことは、原告が三井物産に対し、代替物の請求をすることなく、損害賠償請求のみをなしていることからも裏付けられる(証人藤岡正雄の証言)。また甲第二号証の機械割賦売買契約書第六条によれば「乙は第四条の引渡しと同時に売買代金の支払いを確保するため、第二条記載の各月の支払金額を手形金額、各その支払期日を満期日、受取人を甲とする手形一〇通を振出し甲に交付する。」と規定されているところ、原告は昭和四〇年三月末日には三井物産に対し右約定に基づく一〇通の約束手形を振出し交付しているのであるから(甲第四号証の一乃至七)、本件プラントの引渡はすでに完了していたものと見なければならない。以上述べたとおり本件プラントの引渡は昭和四〇年三月末には完了していたことが明らかである。

二、原審判決は「本件プラントの取得価額が最終的に確定したのは昭和四五年三月一六日である。」と認定している。確かに乙第五号証によれば、昭和四四年一一月一〇日の時点では三井物産は原告に対し、既払の金二三〇〇万円に金一六〇〇万円を加えた金三九〇〇万円を請求しており、したがってこの段階では金二三〇〇万円という価額は確定しておらず、更に甲第一二号証によれば昭和四五年三月一六日に三井物産と原告との間で最終合意がなされ取得価額が金二三〇〇万円に確定したかのごとき外観を呈している。しかしながら証人藤岡正雄の証言によれば、本件プラントの処理について、原告の取締役である藤岡正雄と三井物産の課長である橋爪秀雄との間で八、九回の交渉が持たれ、昭和四四年九月ころ最終の話合いがなされたこと、その際既払金額の金二三〇〇万円で本件プラントに関する一切の紛争を精算しようとの合意が口頭で成立したことが認められる。そして乙第五号証は、橋爪課長及び担当上司の社内的処理の都合上原告方に送付されたものであって、原告において右書面を受取った後、藤岡正雄が三井物産に問い合わせたところ、本件プラントの問題は、すでに昭和四四年九月に橋爪課長との間で合意が成立していることが確認されている。甲第一一号証については、原告代表者石井秋平から昭和四四年九月における藤岡正雄と橋爪課長間の合意につき、未だ書面が作成されていないので早急に作成するよう要請されたため、三井物産において、事後処理の形式で作成されたものであって、三井物産のごとき大会社にあっては、口頭での合意が正式の書面となるまでに相当の日時を要するのが通例である。また一般的にいって、法律実務家が関与して作成する書面とは異なり、甲第一一号証のごとき書面は、事務処理の都合上、実際に合意が成立した日付を記載せずに、幾分、事実関係とは異なる日付を記載することが応々にしてあるものであって、原審判決が、合意に至る経過を無視して、甲第一一号証の記載のみを信用して合意成立の日を認定しているのは審理不尽のそしりを免れない。

三、原審判決は「原告は本件係争物件を他に売却していないものと認められる」と認定し、その根拠として(一)乙第四号証によれば、原告徳島工場常駐の常務取締役後藤一路が大阪国税局国税調査官伊藤安次に対し、本件係争物件を他に売却していない旨述べたこと(二)本件係争物件は昭和四九年五月二五日頃までは他人に引渡されず原告の徳島工場に保管されていたこと(三)昭和四四年一〇月当時代金の減額につき交渉中であり、引渡は終っておらず原告がその所有権を取得していない本件プラントの一部を他に売却することは通常考えられないこと等を掲げている。しかしながら乙第四号証には「私の責任において、」という意味不明の言葉が記載されていること、一たん罰名はしたけれど捺印を拒否していることからしてこの書面の記載内容が真実であるかどうかはきわめて疑わしいのみならず証人後藤一路の証言によれば、同人が「機械を売却していない」と答えた理由は、伊藤調査官から「不要機械の売却代金は本社では入金になっていないと言っておるよ」と言われたために精神的動揺をきたし、もし機械を売却したと答えれば帳簿処理上のミスを取り上げられて本社に迷惑をかけるのではないかとの思いが脳裡をかすめたからに他ならない。このように考えれば、同人がわざわざ「私の責任において」と書き加えたことも、また後に本社と連絡をとって捺印を拒否したこともきわめて合理的に説明しうるのである。次に前記(二)の点については本件係争物件は検乙第六号証からも明らかなように移動が容易でないため、引渡は占有改定の方法によりなされていることが充分に考えられる。さらに前記(三)の点については所有権を取得していない物の売買は、民法五六〇条以下で他人の物の売買として一般的に認められているところであり、決して通常ではないとは言い得ないこと、また昭和四四年一〇月当時には前記二で述べたごとく、本件係争物件についての合意は成立していたのであるから、他に売却することは当然ありうることは明らかである。以上述べたごとく、原審判決が掲げた根拠はいずれもきわめて薄弱なものであり、かえって乙第一号証の存在を考えれば本件係争物件の売却の事実は認められるべきである。原審判決は甲第一一号証の内容を無条件に認めながら、乙第一号証についてはその内容を否定するなどして採証法則を誤った違法がある。

四、以上のごとく、原告が本件プラント取得するにつき、金二三〇〇万円の出捐をなしていることは明らかであり、かつ本件事業年度内に右物件を金三二万円で売却したことも明らかなのであるから、原告が被った金二一、七一五、〇〇〇円の損害は雑損失として認められるべきものである。

第二点 原判決には法人税法三三条二項、法人税法施行令六八条三号の解釈適用を誤った違法があり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、原告が本件プラントの引渡を昭和四〇年三月末頃に受けたこと、本件プラントの取得価額が最終的に確定したのが昭和四四年九月であることは上告理由第一点に記載したとおりである。したがって法人税法施行令六八条三号ロの「当該資産が一年以上にわたり遊休状態にあること」に該当することは明らかであり、法人税法第三三条二項により評価損を認められるべきである。原判決はこの点につき「原告は本件プラントに関しては帳簿上建設仮勘定科目に計上されているから、当該資産の帳簿価額が記載されているものとして評価損の計上が許されるものと解すべきであると主張するが、本件プラントに関し所論の帳簿処理がされていることさらには本件において原告が損金経理をしたと認めるに足りる証拠はないばかりでなく、建設仮勘定科目との主張自体に照らして本件プラントが固定資産としてその価額が確定するに至っていなかったことが明らかといわなければならない」と認定し原告の主張を論難している。

二、ところで企業会計原則の一般原則6によれば「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない」として保守主義の原則を採用している。また商法二八五条は、会計帳簿に記載すべき固定資産の価額について同法三四条二号を適用し、同号によれば固定資産について特別の減価が生じたときには、通常の減価償却とは別に「相当の減額」をすることを要するとしている。すなわち商法では資産の評価について原価主義を固執しないで時価主義も併用して財務状態を公示すべきものとしているのである。以上のごとく企業の財務状態の正確な表示という会計の目的から見れば、資産の正常でない減価については、それを貸借対照表に表示することが公正な会計慣行であり、かつ、法的要請であるといわねばならない。このように考えると、法人税法三三条一項の規定は、税負担の公平をはかるという公益目的から出たものではなく、企業のなした資産の評価減の額が租税回避のために乱用されているかどうかについて検討をする煩を避けるために、専ら課税技術上の便宜のために設けられたものであって、同条二項の規定の態度こそが会計原則、商法の意図するところであり、かつ租税負担の公平の点からみても尊重されなければならない原則であるといわねばならない。そうだとすると資産の帳簿価額が現実に極めて減価していることが明らかな場合には、その評価減を認容するについては法令の解釈につき寛容でなければならない。

三、また法人税法三三条二項は、金銭債権を除くすべての資産についての評価損の計上を許容しているものであるから資産が価額を付して計上されている以上は、その勘定科目が建設仮勘定であっても同様であって、建設仮勘定のみを別異に解すべき根拠は見当らない。けだし、建設中の資産および建設仮勘定の金額の一種の固定資産であることに変わりはなく、未稼動のため減価償却ができないだけのことである(渡辺進編・税務固定資産会計二一頁参照)。株式会社の貸借対照表・損益計算書及び附属明細書に関する規則一六条は、建設仮勘定が有形固定資産に属することを前提にしているものである。したがって、建設仮勘定が資産の部に数額をもって表示されておれば、当該資産の帳簿価額が記載されていると見るべきであって、原審判決の論難は失当であるというべきであり、本件プラントに関し金二一、一四一、五一〇円の評価損は認められるべきである。

以上

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